先日、映画『Michael(マイケル)』を観てきました。
まず感じたのは、歌もダンスも本当に圧巻だったということです。
スクリーンで流れる数々の名曲には鳥肌が立ち、改めて「キング・オブ・ポップ」と呼ばれる理由を 実感しました。
そして、この映画を観終わって一番心に残ったのは、「自由になりたかった一人の人間」としての マイケルでした。
映画では、幼い頃から父ジョー・ジャクソンの厳しい指導のもと、兄弟とともにステージに立ち、 普通の子どもが当たり前に経験する遊びや学校生活をほとんど送れなかった様子が描かれています。
世界的スターへと駆け上がる一方で、その成功の裏には、幼少期から続く大きな重圧と孤独が ありました。
映画を観ながら、私はこんなことを考えていました。
自由とは、「好き勝手に生きること」ではないのではないか。
映画の中でマイケルは、何度も「もっと自分らしく表現したい」という思いを抱いているように 感じました。
父親の期待、世間の期待、レコード会社の期待、そして世界中のファンの期待。
期待されればされるほど、本当の自分を表現しづらくなる。そんな葛藤が映画全体から 伝わってきました。
これは、有名人だけの話ではありません。
私たちも日々、
「こうあるべき」
「失敗してはいけない」
「期待に応えなければならない」
そんな「見えない鎖」に縛られていることがあります。
だからこそ私は、
自由とは、環境ではなく、自分の意思で選択できる状態なのかもしれない。
そんなことを感じました。
この映画は、音楽映画としても本当に素晴らしい作品です。
しかし私の心に残ったのは、一人の天才が人生を通して「もっと自分らしく表現したい」と 願い続けた物語でした。
映画を観終えたあと、自然と自分自身に問いかけていました。
「本当は、どう生きたい?」
その問いに向き合うこと。
それが、自由への第一歩なのかもしれません。


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